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東京地方裁判所 平成元年(ワ)8557号 判決 1995年10月27日

原告

五十嵐功

被告

株式会社ワールド航空サービス

右代表者代表取締役

菊間利通

右訴訟代理人弁護士

服部邦彦

関本隆史

三浦雅生

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一七六三万二八八〇円及び内金四三万九二八〇円に対する昭和六三年八月一四日から、内金一七一九万三六〇〇円に対する平成六年一〇月一日から、各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え(なお、原告は弁論終結後の平成七年七月一四日、訴え変更申立書―請求の拡張(第四回)を提出し、右書面には、被告は、原告に対し、金二七四三万三二三二円及び内金四三万九二八〇円に対する昭和六三年八月一四日から、内金二六九九万三九五二円に対する本判決の日の翌日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払えと記載されている。)。

第二  事案の概要

本件は、被告福岡営業所の企画、実施した「河西回廊・天山北路とカシュガルの旅」とのツアーに参加した原告が、被告が原告に配付した旅行日程表には「8/12(金)カシュガル 全日、パミールの麓、ガイズ村への小旅行」と記載されていたのに、実際はパミール高原のまったく見えない、ガイズ村より手前の地点でバスによる小旅行を中止したため、原告がガイズ村まで行くことができなかったことについて、被告に対し、債務不履行(原告をガイズ村に行かせる債務の不履行)及び不法行為(被告の不当応訴)に基づき、損害(債務不履行による損害金四三万九二八〇円、不当応訴による損害金一七一九万三六〇〇円、なお、弁論終結後に請求の拡張の書面を提出したことは、前記のとおりである。)の賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  被告は、東京に本社を有する旅行会社である。

2  被告福岡営業所所長春名釈(以下「春名」という。)は、「河西回廊・天山北路とカシュガルの旅」とのツアー(昭和六三年八月四日から同月一六日まで、以下「本件ツアー」という。)を企画し、実施した。本件ツアーは、春名が、「訪中団手配確認依頼書」により、中国国際旅行社(以下「国際旅行社」という。)に対し、日程、訪問地、交通手段について依頼し、これに基づき、国際旅行社が手配を行い、バスの手配は、国際旅行社北京総社日本部が中国各地の支社に依頼を行い、実際の手配は各支社が行った。

3  原告は、本件ツアーに参加した。

4  被告が作成、配付したパンフレット「福岡より感動の世界へ」(甲第五号証)には、「セールスポイント」という欄に「カシュガル……パミール高原の入口、標高7、719メートルのコングール峰の麓ガイズ村への小旅行。」と記載され、また、同じく被告が作成、配付した旅行日程表(乙第三号証)には、8/12(金)都市名欄 カシュガル 摘要欄 全日、パミールの麓、ガイズ村への小旅行。」と記載されている。なお、旅行日程表には「現地の都合で利用交通機関・ホテル、旅程等に変更があります。予めご了承ください。」と記載されている。

5  ところが、国際旅行社北京総社日本部は、被告からガイズ村小旅行を含む旅程を受けながら、誤って同社カシュガル支社(以下「カシュガル支社」という。)にその手配を行わなかった。

6  本件ツアーには、被告福岡支社社員の大野直樹(中国語を自由に話すことはできない。以下「大野」という。)、国際旅行社北京総社の顔錫雄(以下「顔」という。)が添乗員として常時付き添い、この他、カシュガル方面に旅行当時(後記八月一三日の小旅行当日も含む。)は、現地ガイドの胡朝彊(以下「胡」という。)が添乗員として付き添った。

7  本件ツアー一行は、昭和六三年八月一二日午前一〇時三〇分ころ、カシュガルに到達した。ところが、右5の事情が判明したため、大野は、胡と相談したうえ、同人にランドクルーザーの確保を依頼し、急遽八月一二日の予定(ガイズ村への小旅行)と一三日の予定(カシュガル市内の見学)を、入れ替えた(証人大野の証言)。

8  八月一二日夕方、胡から大野に対し、「ランドクルーザーはパキスタンの方に行くのに使われているから、手配できない。」との回答があった。そこで、大野は、同日の夕食の際、参加者に対し、現時点でランドクルーザーは確保できていないこと、このまま確保できなければバスを利用して行くことを告げた(証人大野の証言)。

9  ランドクルーザーが調達できないことが確定したため、大野は、八月一三日朝、参加者に対し、バスで行けるところまで行くこと、中国側はカシュガルから六〇キロくらいの所までしか行けないと言っていること、しかしパキスタンの方から来た運転手はカシュガルから八〇キロくらいの所まで行けると言っていたことなどを告げた(証人大野の証言)。

10  カシュガルからガイズ村までの距離は約一二〇キロである。同日午前一〇時四五分ころ、ツアー一行は、日本製バス(中型バス、ニッサン・シビリアン)に乗り、カシュガルを出発し、中国―パキスタン公路をガイズ村方向に向かって出発した。バスの運転手は、中国人女性、肖麗(日本語、英語は話せない。以下「肖」という。)であった。

11  ツアー一行は、同日午後〇時一五分ころ、カシュガルから約五〇キロの所にあるウパールで休息をとり、その後再出発した。ところが、ウパールから約一五キロの地点(ガイズ河畔(ハマリ道路区))まで来たとき、運転手の肖は、突然バスをユーターンさせ、今来たウパール方向へ引き返し始めた。参加者らは驚き、車内は騒ぎとなった。

12  その後、右同所付近で、原告らが肖に対し、バスを前進させるよう説得した。しかし、肖は、時間をかけた説得にもかかわらず、それ以上の前進を拒否し、二時間しても解決しなかった。そこで、大野は、時間的な問題もあり、これ以上の説得をしても無理と判断し、結局ガイズ村への小旅行を断念した(甲第二〇、第一二三号証、乙第四号証、第一五号証の一、証人大野の証言、原告本人尋問の結果)。

13  被告の作成した「ご旅行条件書」(乙第二号証)16(1)には、被告の責任及び免責事項についての規定があり、それは「当社は、旅行契約後の履行に当って、当社又は当社に代って手配を代行する者が故意又は過失によりお客様に損害を与えたときは、その損害を賠償する責に任じます。ただし、目的地固有の事情により法律上又は事実上現地における旅行サービスの手配を委任すべき者の選任が強制され、これによるほか現地における手配を行うことができない場合であって、当社が募集に際してその旨を明示したときは、当社は、当該手配を委託すべき者の行為について責任を負うものではありません。」というものである(以下、乙第二号証の「ご旅行条件書」の16(1)の右部分を「免責条項」という。)。

二  争点

1  被告又は被告従業員の故意、過失の有無

(1) 大野の故意、過失

(原告の主張)

① 大野は、事前に中国側と協議し、バスでカシュガルから六〇キロの地点(ガイズ村より手前の地点)まで行って引き返すという密約をした。

② 大野には、ランドクルーザー等のジープタイプの車でないとガイズ村まで行けないと思い込んだ重過失がある。

③ 大野には、中国側のサボタージュを阻止できなかった過失又は重過失がある。

(被告の主張)

いずれも否認する。

(2) 春名の過失

(原告の主張)

春名には、国際旅行社から本件ツアーに関する被告の手配確認依頼書に対する同意の書面である乙第七号証にガイズ村が記載されていないのに、国際旅行社がガイズ村への小旅行の手配を行ったか否かの確認を怠った過失及び大野にガイズ村へはバスで行けること、今回はバスで行くと企画したことを伝達するのを怠った過失がある。

(被告の主張)

否認する。

(3) 被告自身の過失

(原告の主張)

大野は、中国旅行の添乗員として必要な基本的な知識に欠けており、このような者を本件ツアーの添乗員として使用していた点に、被告の過失がある。

(被告の主張)

否認する。

2  免責条項の適用の有無

(1) (原告の主張)

旅行業法一二条の五により、被告は免責約款を書面で旅行者に交付しなければならない。ところが、免責条項は、本件ツアーの募集パンフレットに記載されていなかったから、被告は本件ツアー参加者に対し免責条項の適用を主張できない。

(被告の主張)

争う。本件ツアーの募集パンフレットの募集要項のご旅行条件欄には「ご旅行条件については、このパンフレットに記載されているものによるほか、別途お渡しする旅行条件書、最終日程表、及び当社の旅行業約款による」との規定がある。そして、参加希望者は、いつでも被告に問い合わせれば、その内容を確認できるし、被告の営業所にもそれを掲示してある。また、原告は、以前にも被告のツアーに参加したことがあるから、その内容を知りうる立場であった。

(2) (原告の主張)

免責条項の合理的存在範囲は、天変地異、事故、政治騒乱、政府による緊急収用、政治方針の変更があった場合に債務者が救済されるということであり、手配代行者の債務不履行をも救済するものではない。

(被告の主張)

免責条項の趣旨は、日本の業者の制御できない又は他に代替方法をとりえない共産圏の手配代行者の行為について債務者に免責を許すものであり、原告の主張のような事由に限定する根拠はない。

(3) (原告の主張)

本件ツアー当時、中国において、国際旅行社のみが手配代行社になっていたわけではない。従って、本件には、免責条項の適用はない。

(被告の主張)

本件ツアー当時、中国において、一般旅行に関し、国際旅行社のみが、原則として外国旅行社と直接旅行団を組織する権限(外連権)を有していた。原告が指摘する株式会社西遊旅行ツアーは、正規のものではない。なお、被告は、パンフレットに、国際旅行社が免責条項記載の手配代行者であることを明記している(乙第一号証)。

(4) (原告の主張)

履行補助者の故意、重過失は信義則上、債務者の故意、重過失と同視されるから、免責条項により履行補助者の故意、重過失による債務不履行を免責する旨規定しても無効である。本件において、国際旅行社に故意、重過失があるから、免責条項は失効する。

(被告の主張)

否認する。なお、国際旅行社は被告の履行補助者ではないから、故意、重過失による債務不履行について免責する条項も有効である。

(5) (原告の主張)

被告又は被告の従業員である大野、春名には、前記1(1)(2)記載のとおり、故意又は重過失があるから、免責条項の適用はない。

(被告の主張)

争う。

3  旅行日程表の記載による免責

(被告の主張)

被告からツアー参加者に配付した旅行日程表の脚注には「現地の都合で利用交通機関・ホテル、旅程等に変更があります。予めご了承ください。」と記載されている。本件は、中国側の現地の都合による旅程の変更に当たるから、ツアー参加者が予め了承しているところであり、債務不履行には当たらない。原告の後記解釈は、文理上も採用できない。

(原告の主張)

被告の解釈は、旅行業法一二条の五、七、同法一三条に違反する。これにより免責されるのは、旅行社又はその手配代行者の管理外の事由により生じた変更に限るのであり、本件には適用がない。

航空便は不確定要素が多く、しばしば予定が変更されるが、右条項は、航空便の関係で陸上観光日程も変更されることがあることを記載したものである。また、右条項の前段にある「中国内の日程は最終的に入国後決定されます。」とは、中国入国直後ツアー参加者に通知され確定するということであるから、本件のガイズ村への小旅行中止には、右条項の適用はない。

4  被告の不当応訴による損害賠償の成否

(原告の主張)

被告は、本訴請求に対し、二つの抗弁(旅行日程表の記載による免責、免責条項による免責)の適用を主張し、後者の抗弁との関係で、乙第一四号証という虚偽文書を作成し証拠として提出し、応訴したが、いずれも不当な応訴であり、原告に対する関係で、不法行為が成立する。

(被告の主張)

争う。

第三  争点に対する判断

一  争点1(被告又は被告従業員の故意、過失の有無)について

(1)  大野の故意、過失の有無

① 密約の有無

原告は、大野は中国側と協議し、バスでカシュガルから六〇キロまで行って引き返すという密約をしたと主張するが、本件全証拠によるも、右事実を認めることはできない。

乙第四号証、原告本人尋問の結果によれば、同号証は、当日、その第一段は胡が口述したものを顔が筆記し、第二段は胡が記載した書面であり、甲第二〇号証、乙第一五号証の一はその訳文であるが、右書面の第二段部分には「添乗員の大野直樹氏の再三の要求によりウパール(45㎞の地点)までの遊覧に同意したものであり、現在地点はすでに予定地点を超過している。」(甲第二〇号証)、「大野直樹氏の再要求によって、ウパールまでの観光(45Kmの地点)に同意。現にここを過ぎた。」(乙第一五号証の一)と記載されており、また、原告は、本人尋問において、胡は右当日のバスユーターン後の交渉に際し、昨夜大野との間でウパールまで行って引き返すという約束ができたと述べたと供述し、甲第一七三号証(横山貴子作成の陳述書)もこれに符合する部分がある。

しかし、前記争いのない事実等、甲第二三号証、乙第四号証、一五号証の一、証人大野の証言によれば、カシュガル支社は予めガイズ村小旅行の手配を受けていなかったのであるが、大野の要請によりバスによる小旅行を実施することとしたこと、大野の右要請に対し、予め出発前に胡らは道路の問題などでカシュガルから六〇キロの所までしか行けないと申し述べたこと、ところが大野はツアー参加者に対し八〇キロくらいの所まで行けるとのパキスタンの方から来た運転手の話をするなど、胡らの前記意向をさほど重要視せず、目的地はガイズ村でありバスで行けるところまでは行くとの自己の意向が中国側にも理解されているものと認識していた節が見られること、逆に胡らも大野の右認識を十分には理解していなかったこと、運転手の肖は、カシュガルから約六五キロの地点に来たところで前進をやめ、時間をかけた説得にもかかわらず頑強に前進を拒否したこと、顛末を文書化することを原告から要求された胡は乙第四号証の前記部分を作成したことが認められる。以上のような乙第四号証作成に至るまでの経過に鑑みれば、乙第四号証の前記部分は、胡自身の出発前に大野に対し申し述べたことを同人が了解したとの認識に基づき作成されたものであり、他方、大野は、目的地はガイズ村でありバスで行けるところまで行くという認識を有していたのであり、大野と胡らとの間には、当日どこまで行くかという点について、客観的な意思の合致が成立していたとは認めがたい。

さらに、証人大野は、ツアー一行がウパールで休息をとった際、胡は、大野に対し、同所付近にある墓を見て出発地に帰ることを提案したが、これを拒否し、胡に対し、目的地はガイズ村であることを話し、ウパールを出発させたこと、運転手の肖が突然バスをユーターンさせ前進を拒否するという事態は予期しない突然の出来事であったこと、そこで胡らが参加者を休憩と称して一旦バスの外に降ろしたのち、バス内において、大野は顔、胡をとおして肖に対し、まだバスは前進できるはずであるし、行けるところまで行くことになっているから前進するように説得したことなどを証言する。大野の証言する同日の同人の行動内容は、自己の意向が胡らに理解されたものと認識していた大野の前記認識と符合すること、また、予定された旅程をできるだけ実現しようとするのは本件ツアーを企画した被告の添乗員という同人の立場からして自然であることなどからして、それがどれだけ功を奏したか別として、十分信用できるものである。

以上の認定事実からしても、原告の主張は理由がない。

② ランドクルーザー等のジープタイプの車でないとガイズ村まで行けないと思い込んだ重過失の有無

甲第三〇号証によれば、大野は、ガイズ村までの手配交通機関がランドクルーザーであると誤解し、参加者にその旨案内したことは認められるが、本件全証拠によるも、大野がランドクルーザー等のジープタイプの車でないとガイズ村まで行けないと思い込んだとは認められない。原告は、答弁書において、被告が訴状請求の原因の一六に対し、大野は本件ツアーに先立つ被告の六月三〇日発の同行程のツアーの際ランドクルーザーで行った経験があったため、今回もランドクルーザーの用意を要求したこと等を記載したことを根拠に、大野はランドクルーザー等のジープタイプの車でないとガイズ村まで行けないと思い込んだと主張しているが、右記載から、そのような意味まで読み込むことはできない。

③  中国側のサボタージュを阻止できなかった過失又は重過失の有無

前記認定のとおり、ツアー一行がウパールで休息をとった際、胡は、大野に対し、同所付近にある墓を見て出発地に帰ることを提案したが、大野はこれを拒否し、胡に対し、目的地はガイズ村であることを話しウパールを出発させたこと、大野は肖が前進を拒否した後、顔、胡をとおして肖に対し説得したこと、大野は、結局ガイズ村小旅行を断念したが、これは肖が時間を掛けた説得にも耳を貸さず、二時間しても、依然前進を拒否したままであったので、これ以上の説得をしても無理と判断したためであることが認められる。

証人大野の証言、原告本人尋問の結果によれば、大野は中国語がほとんどできず、顔、胡をとおして肖と交渉したことから、効果的な交渉が行いにくかったことは窺われるが、前記のように、大野も、自己の任務を果たすべく、突然の事態に遭遇し、予定された旅程を実現するため、相応の努力をしたことが認められる。その他、本件全証拠を検討するも、大野に、中国側のサボタージュを阻止できなかった過失、重過失があったとは認められない。そうすると、原告の主張は理由がない。

(2)  春名の過失

本件ツアーは、春名が「訪中団手配確認依頼書」により、国際旅行社に対し、日程、訪問地、交通手段について依頼し、これに基づき、国際旅行社が手配を行ったことは前記のとおりである。

原告は、国際旅行社から本件ツアーに関する被告の手配確認依頼書に対する同意の書面である乙第七号証にガイズ村が記載されていないのに、春名は手配が行われたか否かの確認を怠った過失があると主張するが、乙第七号証、証人大野の証言によれば、同号証は本件ツアーの目的地のうち主な都市名しか記載していないものであり、喀什(カシュガルのこと)という記載で十分であるものと認められる。その他、春名に、手配が行われたか否かの確認をなすべき法的な義務があるとは解せないから、原告の主張は理由がない。

さらに、原告は、春名には、大野にガイズ村へはバスで行けること、今回はバスで行くように企画したことを伝達することを怠った過失があると主張するが、原告に対する関係で、春名が大野に右事項を伝達すべき法的な義務があるとは解せないから、原告の主張は理由がない。

(3)  被告自身の過失

前記認定のとおり、大野は、胡らの意向をさほど重要視せず、自己の意向が胡らにも理解されたものと認識していた節が見られること、手配交通機関がランドクルーザーであると誤解し参加者にその旨案内したことが認められ、大野が添乗員としてまったく問題はないと断定するのには疑問な点もある。

しかし、ガイズ村小旅行が手配されていなかったという突如判明した、さほど容易でない状況下であったことも考慮すると、右事実をもって、中国旅行の添乗員としての基本的な知識に欠けていたとまでは認められない。その他、本件全証拠によるも、大野には中国旅行の添乗員として必要な基本的な知識に欠けていたとは認められない。そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告の主張は理由がない。

二  争点2(免責条項の適用の有無)について

(1)  原告の主張(1)について

甲第五号証、乙第一、第二号証、証人大野の証言及び弁論の全趣旨によれば、被告作成の本件ツアーのパンフレット(甲第五号証、乙第一号証)の「募集要項」の「ご旅行条件」には、「ご旅行条件については、このパンフレットに記載されているものによるほか、別途お渡しする旅行条件書、最終日程表、及び当社の旅行業約款によります。」と、同パンフレットの「旅行日程」の下部には、「中国国内の旅行手配は、中国国際旅行社が行なっており、主催旅行契約約款第21条・第1項但し書きに基づく手配代行者に該当します。」と記載され、「主催旅行契約約款」とは標準旅行業約款(昭和五八年二月一四日運輸省告示第五九号、平成元年五月二九日改正)を意味すること、「ご旅行条件書」(乙第二号証)には、免責条項が記載されていること、被告は本件ツアーの参加者に対し契約成立後遅滞なく「ご旅行条件書」(乙第二号証)を交付し、また、それに基づいて、参加者に対して旅行説明会を開催したことが認められる。本件において、「旅行日程」の下部に「主催旅行契約約款第21条・第1項但し書き」という条項が引用されてはいるものの、同条項の内容が同書面に明示されていない点問題はあるが、前記のような甲第五号証(乙第一号証)、乙第二号証の文言、被告から参加者に対する乙第二号証の交付の事実等を総合すると、免責条項が存在することが本件ツアーの契約内容になっており、また、その存在について参加者に対し契約締結後遅滞なく書面を交付したと評価することができる。よって、旅行業法一二条の五に違反するとは解せない。

(2)  原告の主張(2)について

標準旅行業約款(昭和五八年二月一四日運輸省告示第五九号、平成元年五月二九日改正)第二一条一項は、「海外旅行において目的地固有の事情により法律上又は事実上、現地における旅行サービスの手配を委託すべき者の選任が強制され、これによるほか現地における手配を行うことができない場合」に免責を認めると規定しているが、その文言からして、旅行会社が海外旅行の手配代行者を適法に選択する余地がない場合は、それに対応して、解任という手段を背景にした手配代行者に対する指導、監督は困難となることから、募集に際し旅行者に対しその旨を明示したときは、免責を認めることが合理性を有するとして認められた条項であると解される。従って、原告の主張は理由がない。

(3)  原告の主張(3)について

中国国家観光局東京駐在事務所(所長・胡如祥)に対する調査嘱託の結果によれば、昭和六三年七月及び八月当時、中華人民共和国において、日本の旅行会社からの依頼を受けて一般の外国人旅行者のために中華人民共和国内の手配(航空機、鉄道及びバス等の運送機関、ホテル等の宿泊機関の確保、観光案内等)を法律上適法になしえた旅行会社は国際旅行社総社のみであったことが認められる。さらに、乙第一四、第一六号証も、右調査嘱託の結果と符合する。

ところで、甲第一四、第二一号証によれば、株式会社西遊旅行の実施する本件ツアーと類似するツアーにおいて、中国国内で旅行サービスの手配を委任すべき者は新彊ウイグル自治区人民政府であったことが認められるが、乙第一四、第一六号証及び前記調査嘱託の結果と対比すると、右が適法なものであったか疑義があり、前記認定を左右するものではない。また、甲第一二六号証、第一三〇号証の一、二、第一三一号証の一、二、第一三二号証の一、二、第一三四号証の一ないし四、第一四〇号証の一、二、第一四一号証の一、二、第一五五号証の一ないし五、第一五七号証の一、二などの書証も、前記認定を左右するとは解せない。その他原告の主張を肯定するに足りる証拠はない。

(4)  原告の主張(4)について

前記(2)(3)認定のとおり、国際旅行社は、主催旅行契約約款第二一条一項但書に基づく手配代行者であり、旅行会社が手配代行者を選択する余地がないことから、債務者と信義則上同視される履行補助者には当たらず、原告の主張は理由がない。

(5)  原告の主張(5)について

被告又は被告の従業員である大野、春名に、故意、重過失が認められないことは前記のとおりであるから、原告の主張は理由がない。

(6)  以上から、被告は、免責条項の適用により、国際旅行社北京総社日本部の行為について、責任を負担しないものである。

三  争点3(被告の不当応訴による損害)について

前記のとおり、被告の抗弁のうち免責条項による免責は正当な抗弁として是認できるものである。また、被告の抗弁のうち旅行日程表の記載による免責の主張が不法行為の成立が肯定されるような不当な応訴であると認められない。さらに、乙第一四号証が虚偽文書であるとは認められない。

第四  結論

その他、原告は、被告又はその従業員の行為について種々論難するが、いずれも債務不履行にあたるものとは認められない。

よって、原告の請求をいずれも棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官窪木稔)

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